「レシピどおりに作っているのに、うちのだしや味噌汁はなんだかぼやける気がする。これって水のせいなんでしょうか?」
原因が腕なのか材料なのか水なのか、切り分けられないままモヤモヤしますよね。
結論から言うと、日本にお住まいなら、料理のために軟水をわざわざ買い足す必要はほとんどありません。
なぜなら、東京や大阪などの公表値を見るかぎり、日本の水道水は多くの地域で軟水寄りだからです。
例えば東京都水道局によると、蛇口での硬度の平均値は60mg/L程度。同局が示す令和4年度の例でも、いちばん高い地点で89.7mg/Lでした。
この記事では、記事ごとにバラバラな硬度の数字を一次資料で整理し、だし・ごはん・コーヒーで水が本当に効いてくる場所までお伝えします。読み終わるころには、こだわる場所をひとつに絞れているはずです。
この記事でわかること
- 日本の水道水が多くの地域で軟水寄りだと言える公的データ
- 軟水の境目の数字が記事ごとにバラバラな理由
- あなたの家の水道水の硬度を調べる3つの手順
- 「軟水はうま味が出やすい」を論文で確かめた結果
- 一般的な浄水器では硬度が変わらない理由と、味に効くポイント
じつは、水にこだわる価値がまったくないわけではありません。日本の台所で味に効いてくるのは、軟水か硬水かとは別のところにあります。
日本の水道水は多くの地域で軟水寄り。だから硬度で悩まなくていい家庭が多い

「料理に使う水は軟水がいい」。よく見かける話ですよね。
でもその前に、確かめておきたいことがあります。日本の水道水は、そもそもどれくらいの硬さなのでしょうか。
公的なデータを見ていくと、多くの地域ではすでに軟水寄りの水で料理をしています。まずはそこから確認していきましょう。
東京・大阪の公表値から見る日本の水道水の硬さ
日本の水道水がどれくらいの硬さなのか、公表されている数字から見てみましょう。
東京都水道局によると、蛇口での硬度の平均値は60mg/L程度。同局の解説ページに載っている令和4年度の例では、最高値が練馬区・江東区の89.7mg/L、最低値が青梅市の19.6mg/Lでした(出典: 東京都水道局「水の硬度」)。
大阪市水道局は、市内の水道水の硬度を概ね40〜50mg/Lと公表しています。こちらは特定の年度ではなく、年間を通じた目安として示されている数字です(出典: 大阪市水道局)。
一方、WHOが2011年に公表した飲料水の硬度に関する資料では、60mg/L未満は一般に軟水と考えられていると紹介されているだけです。WHOが定めた基準ではありません(出典: WHO『Hardness in Drinking-water』2011(PDF)。この違いは、このあとの章で詳しくお伝えします)。
この目安に照らすと、東京や大阪の水道水は軟水、あるいはその周辺に収まる数字です。
公表されている日本の水道水の硬度
- 東京都水道局: 蛇口での硬度の平均値 60mg/L程度
- 東京都内の最高値(令和4年度): 89.7mg/L(練馬区・江東区)
- 東京都内の最低値(令和4年度): 19.6mg/L(青梅市)
- 大阪市水道局: 概ね40〜50mg/L(年間を通じた目安)
数字が並ぶと細かく感じますが、覚えておくのは「日本の水道水はおおむね軟水寄りの範囲」という一点で十分です。お住まいの地域の値は、このあとの章で調べ方をお伝えしますね。
「料理のために軟水を買う」がほぼ不要と言える理由
ここまでの数字が意味するのは、シンプルなことです。
料理のために軟水を買い足しても、いまお使いの水と硬さの面では大きく変わらない。そういうことですよね。
ウォーターサーバーの月額も、ペットボトルの買い出しも、続けるとなると小さくない負担です。それを「料理の味のため」という理由だけで始めようとしているなら、いったん立ち止まっていいと思います。
もちろん、水を買うこと自体を否定したいわけではありません。防災の備蓄として置いておきたい、味の好みで選びたい。そういう理由なら納得感があります。
避けたいのは、根拠がはっきりしないまま毎月お金が出ていく状態のほうです。
ちなみに、水を買い続けた場合と浄水器を使った場合で年間いくら違うのかは、ペットボトルと浄水器のコストを家族人数別に比較して試算したことがあります。数字にしてみると差がはっきり出るので、迷っている方は先に金額を見てから決めるのがおすすめです。
クリア料理のために軟水を買い足す必要は、多くの家庭ではありません。
それでも水で味が変わったと感じる人がいるのはなぜ?
「でも実際に、水を変えたら味が変わったという声もありますよね」。そう思われたかもしれません。
じつは僕自身も、家に浄水器を入れてから飲みものの味が変わったと感じている一人です。東京に住んでいて、料理も飲み水も水道水を使ってきました。
ただ、そこで変わったのは硬度ではありませんでした。味の印象を動かしていたのは、硬さではなく別の要素だったんです。
水の味を決める要素は、カルシウムやマグネシウムの量だけではありません。においや、消毒のために入っている成分も関わってきます。日本の水道水のように、もともと硬度が高くない水では、そちらのほうが体感に効いてくる場面があるんですね。
この「別の要素」が何なのかは、このあとの章で順を追ってお伝えします。
まずは、記事によってバラバラな硬度の数字を整理するところから始めましょう。
クリア水で味が変わる理由は、硬度だけではありません。
そもそも硬度とは?記事によって数字がバラバラな理由

硬度って何ですか、と聞かれると意外と説明しづらいですよね。
しかも記事によって「軟水は100mg/L未満」「いや60mg/L未満」と数字が違います。じつは、ここにはちゃんと理由があります。
日本には、軟水・硬水を定めた法令上の定義がないのです。数字の出どころから整理していきましょう。
硬度をやさしく言うと「ミネラルの量をそろえたものさし」
硬度とは、水に溶けているカルシウムイオンとマグネシウムイオンの量を表した数値です。
ただ、この2つはそのままでは足し算できません。そこで登場するのが硬度という考え方です。カルシウムとマグネシウムの量を、比べやすいように一つのものさしに揃えた数値、と考えてください。
専門的には、炭酸カルシウム(CaCO₃)の量(mg/L)に換算した値と説明されています(出典: 環境省 水質基準の設定根拠資料(硬度))。
換算のしかたも決まっています。
- 硬度(mg/L) = カルシウム濃度(mg/L)×2.497 + マグネシウム濃度(mg/L)×4.118(出典: 環境省「水質基準に関する省令の規定に基づき環境大臣が定める方法」)
- 数値が小さいほど、ミネラルが少ない(軟らかい)水
- 数値が大きいほど、ミネラルが多い(硬い)水
計算式そのものを覚える必要はまったくありません。「硬度=カルシウムとマグネシウムの合計を、共通のものさしに直した数字」。ここだけつかんでおけば十分です。
軟水の境目の数字が記事ごとに違うのはなぜ?
記事によって軟水の境目が違うのは、日本には軟水・硬水を定めた法令上の定義がないからです。
これは、ご自身でも確かめられます。環境省が公表している水道水の水質基準のページを開いて、ページ内検索で「軟水」と入れてみてください。水質基準52項目にも、水質管理目標設定項目26項目にも、この言葉は一度も出てきません(出典: 環境省「水質基準項目と基準値」)。
出てくるのは「カルシウム、マグネシウム等(硬度)」という項目名だけです。硬度は法令の言葉ですが、軟水・硬水はそうではないんですね。
定義がないので、書き手はそれぞれ別の資料から数字を借りてきます。WHOの資料から60mg/Lを持ってくる人もいれば、環境省の目標値から100mg/Lを持ってくる人もいる。だから記事ごとに数字がずれるんですね。
出どころを並べると、こうなります。

さらにややこしいのが、60〜120mg/Lの呼び名です。食品安全委員会は「中硬水」、熊本市上下水道局は「中軟水」と表記していて、公的機関の間でも呼び方が割れています(出典: 食品安全委員会「カルシウム・マグネシウム等(硬度)」評価書 p.12/熊本市上下水道局「令和6年度 水質試験年報(上水道)」第1章「11 熊本市水道の硬度」)。
つまり、どれか一つが正解というより、そもそも一つに決まっていないというのが実際のところです。
数字が食い違う記事を見て混乱したことがあるなら、それはあなたの理解の問題ではありません。
クリア軟水の境目に、日本の法令上の決まりはありません。
日本の制度では硬度が「守る基準」と「おいしさの目標」の2か所に出てくる
日本の制度の中で、硬度は2か所に登場します。ここを分けて理解すると、数字の混乱がかなり解けます。
まず、水道水の水質基準です。現在は52項目あり、所管は環境省です(2024年4月に厚生労働省から国土交通省・環境省へ移管されました。出典: 国土交通省「水道整備・管理行政の移管について」)。
この中に「カルシウム、マグネシウム等(硬度)」があり、300mg/L以下と決められています(出典: 環境省「水質基準項目と基準値」)。石けんの泡立ち等への影響を防止する観点からの数値で、いわば守らなければいけない決まりです。
もう一つが、水質管理目標設定項目(26項目)です。こちらでの硬度は10〜100mg/L(出典: 環境省「水質基準項目と基準値」)。おいしい水の観点からの目標で、守る義務のある決まりとは性格が違います。
硬度が出てくる2か所の違い
- 水質基準(52項目のひとつ): 300mg/L以下/石けんの泡立ち等への影響を防止する観点/守る決まり
- 水質管理目標設定項目(26項目のひとつ): 10〜100mg/L/おいしい水の観点/おいしさのための目標
この10〜100mg/Lという範囲は、1985年(昭和60年)に要件を取りまとめた「おいしい水研究会」にさかのぼります(出典: 環境省 水質基準の設定根拠資料(硬度))。
300と100。まったく性格の違う数字が同じ「硬度」という言葉で語られているので、混乱が起きるわけです。
WHOの資料が実際に書いていること
「WHOの基準では60mg/L未満が軟水」。よく見かける書き方です。ただ、原文にあたるとニュアンスが違いました。
WHOが2011年に公表した背景文書『Hardness in Drinking-water』を見ると、60mg/L未満は「一般に軟水と考えられている」と紹介されているだけでした(出典: WHO『Hardness in Drinking-water』2011(PDF))。
つまり、WHOが定めた基準ではないんですね。しかもこの区分は、McGowan(2000)という外部の文献を引用する形で書かれています。
区分そのものは、次のとおりです。
- 60mg/L未満: 軟水
- 60〜120mg/L(日本語の呼称は資料によって割れています)
- 120〜180mg/L: 硬水
- 180mg/L超: 超硬水
もう一つ知っておきたいのが、WHOは硬度にガイドライン値を設定していないという点です。同じ資料には、ミネラルの最小量・最大量を示すだけのデータが現時点では足りないため、ガイドライン値は提案しない、と書かれています(出典: 同資料)。
「WHOの基準」という言葉を見かけたら、少し立ち止まってみていいと思います。
あなたの家の水道水の硬度を調べる3ステップと地域差の実データ

日本の水道水はおおむね軟水。とはいえ、お住まいの地域の実際の数字は、自分で確かめられます。
しかも同じ都道府県の中でも、地域によってかなりの差があるんです。
ここでは調べ方の手順と、各地の水道事業体が公表している実データを見ていきましょう。
水道局のサイトから硬度を見つける3つの手順
自分の家の水道水の硬度は、水道局のサイトで確認できます。手順は3つだけです。

① お住まいの水道局の公式サイトを開く
「(自治体名) 水道局」で検索すれば見つかります。市が運営している場合と、県が運営している場合があります。
② 「水質検査結果」「水質データ」のページを探す
サイト内検索があれば「硬度」と入れてしまうのが早いです。
③ 「カルシウム、マグネシウム等(硬度)」の項目を見る
水質基準の項目名がそのまま使われていることが多いので、この名前で探すと見つけやすくなります。
見つけたときに一緒に確認したいのが、その数値が何年度のものかです。年度が書かれていない数値は、いつ測ったものか分かりません。
クリア数値を見つけたら、何年度のデータかも一緒に確認してみてください。
令和4年度の東京都内でも硬度に4倍以上の開きがあった
同じ東京都内でも、硬度はかなり違います。
東京都水道局の解説ページに載っている令和4年度の例では、蛇口での硬度がいちばん高かったのは練馬区と江東区で89.7mg/L。いちばん低かったのは青梅市の19.6mg/Lでした。
ちなみに蛇口での平均値は60mg/L程度です(出典: 東京都水道局「水の硬度」)。上と下を比べると、同じ都内で4倍以上の開きがあったことになります。
クリア「都内ならどこも同じ水」と思っていた方は、少し意外だったかもしれませんね。
違いが出るのは、どの浄水場から水が届くかで水源が変わるからです。
ただし、いちばん高い89.7mg/Lでも、このあと出てくる硬水(コントレックスは約1,551mg/L)とは桁がまったく違います。
300mg/Lは「軟水かどうか」の線引きではありません
- 都内の数値は、水質基準の300mg/Lにも遠く届きません
- ただしこれは石けんの泡立ちなどを見た数値で(出典: 環境省 水質基準の設定根拠資料(硬度))、軟水かどうかの判定とは別の話です
大阪・熊本・千葉・沖縄の公表値を並べて見てみましょう
東京以外の地域も見てみましょう。いずれも各水道事業体が公表している数値です。

こうして並べると、硬度低減化施設の導入前の沖縄を除けば、公表値はおおむね20〜106mg/Lの幅に収まっていることが分かります。大阪市水道局は概ね40〜50mg/L、地下水を100%使っている熊本市でも、系統別の年間平均でおおむね44〜106mg/L(令和6年度・26系統)です(出典: 熊本市上下水道局「令和6年度 水質試験年報(上水道)」第1章「11 熊本市水道の硬度」)。
同じ市内でも系統によってこれだけ違う、というのが実際のところなんですね。
千葉県営水道は約80mg/L(令和6年度の平均値)で、県自身がこれを「中程度の『軟水』」と表現しています(出典: 千葉県営水道「水には「硬水」と「軟水」があるけど千葉県営水道の水道水はどっち?」)。先ほど触れた呼び名の揺れが、ここにも表れていますね。
そのなかで、硬度が高い地域として知られてきたのが沖縄です。その背景は、続けてお伝えします。
沖縄で硬度を下げる施設がつくられた背景
沖縄本島の北谷浄水場系は、硬度の高い嘉手納井戸群や中部河川などを水源としているため、他の浄水場より硬い水でした。沖縄県企業局の資料によると、硬度低減化施設の導入前は年平均で140〜180mg/L程度あったとされています。
そこで2003年5月30日に反応塔が導入され、硬度は約40mg/L低減しました。現在の送水硬度の目標値は100mg/L以下です(出典: 沖縄県企業局「北谷浄水場系の硬度適正化について」)。
沖縄の例が教えてくれる2つのこと
- 導入前の140〜180mg/Lも、水質基準の300mg/L以下はもともと満たしていた(飲めない水だったわけではありません)
- それでも施設をつくったのは、おいしさや使い勝手の面で下げる価値があると判断されたから
硬度を下げるには、そのための専用の設備が必要になる。沖縄の例は、そのことも教えてくれます。
これは、このあとの章でお伝えする家庭の浄水器でも同じです。
「軟水はだし、硬水は煮込み」は本当?査読論文が実際に言っていること

ここからがこの記事の本題です。
「軟水はだし、硬水は煮込み」という使い分け表、見たことがありますよね。
ところが査読論文にあたってみると、思っていたのとは違う結果が書かれていたんです。順に見ていきましょう。
「軟水はうま味が出やすい」を論文はどう書いているか
よく見かけるのが「軟水はうま味成分が溶け出しやすく、硬水だと抽出が妨げられる」という説明です。
ところが、昆布だしを実際に調べた研究では、そうなっていませんでした。鈴野弘子・豊田美穂・石田裕「ミネラルウォーター類の使用が昆布だし汁に及ぼす影響」(鈴野ほか, 2008, 日本食生活学会誌)という研究です。
論文は、昆布のうま味成分であるグルタミン酸ナトリウムについてこう書いています。
- 「抽出時間が長くなると増加する傾向であった。(中略)しかし、これらの増加傾向に軟水、硬水の違いは認められなかった」
つまり、うま味成分が増えていく傾向自体はあるけれど、その増え方に軟水・硬水の違いは見られなかったということです。
「軟水だとうま味が多く出る/硬水だと出にくい」という説明は、少なくともこの論文の結果からは裏づけられません。使い分け表を見慣れていると、この結果は意外に感じますよね。
ただし、差がなかったのは抽出時間にともなう「増え方」です。うま味の量そのものや、うま味全般の差までを、この論文だけで言い切れるわけではありません。
とはいえ、この論文が硬水を昆布だしにすすめているわけでもありません。その理由は、うま味成分とはまったく別のところにありました。
硬水が昆布だしに向かないと考えられる理由は昆布の表面にある
同じ論文は「昆布だし汁には硬度の高いミネラルウォーター類は適さないと考えられた」と結論づけています。ただ、その理由はうま味成分だけではありませんでした。
鍵になるのが、昆布のぬめりのもとになるアルギン酸という成分です。
このアルギン酸は水中のカルシウムと結びつき、橋をかけるようにつながります(架橋といいます)。すると溶けない沈殿が生じ、実験でも昆布の表面に沈殿が認められたと報告されています。
架橋したアルギン酸は粘りけを持つため、硬度の高い水ではだしが粘りけを帯びる可能性が示唆されました。一般に、粘りけのない状態が良いだしとされます。
昆布への水分の吸収も、硬水のほうが軟水より低い傾向だったと書かれています。不溶化によって水を抱えこむ力が落ちたためと考察されています。

一方で、うま味成分の増え方には、軟水と硬水の違いは認められていません。
(出典: 鈴野ほか, 2008, 日本食生活学会誌)
クリア硬水がだしに向かない理由は、うま味ではなく昆布の表面にありました。
硬ければ硬いほど煮込みに向く、とは言い切れない理由
では、使い分け表は全部間違いなのでしょうか。そうとも言い切れません。
坂本真里子ほか「水の硬度が煮出し汁の嗜好性と溶出成分に及ぼす影響」(坂本ほか, 2007, 日本調理科学会誌)という研究があります。
ここでは南アルプスの天然水(軟水・約30mg/L)、エビアン(中硬水)、コントレックス(硬水・約1,551mg/L)の3つを比べています。
このあと「官能評価」という言葉が出てきます。実際に人が飲み比べて、おいしさを点数でつける試験のことだと考えてくださいね。
論文が示した結果
- かつお節だし: 官能評価の総合的な好ましさに有意な差はなかった
- 野菜スープ: 遊離アミノ酸は南アルプスの天然水が最も多く、次いでエビアン。官能評価ではこの両者が有意に好まれた
- 牛肉スープストック: コントレックスがアクを最も多く分離してスープは澄んだ仕上がり。ただし官能評価で最も好まれたのはエビアン
注目したいのが牛肉のスープストックです。アクをいちばん分離したのは硬水のコントレックスでした。
ところがいちばん好まれたのは中硬水のエビアン。コントレックスは「えぐみと渋みが強く」と考察されています。
論文の結論はこうです。煮出し汁の好ましさは溶出成分だけでなく、水そのものの味も影響することから、溶出成分と水の味との兼ね合いで好ましさが決まる。
硬ければ硬いほど洋風の煮込みに向く、という単純な話ではないわけですね。
使い分け表が全部間違いというわけではありませんが、そのまま鵜呑みにする必要もない。それくらいが実際に近いところだと思います。
だし・ごはん・コーヒー|料理と飲みもので水をどう考えるか

ここからは実践編です。だし、ごはん、コーヒー、そして買って余った硬水。
場面ごとに、水をどう考えればいいのかを整理していきます。
結論を先に言うと、日本の水道水で困る場面はほとんどありません。気をつけたい場所だけを押さえていきましょう。
だしと味噌汁は、水よりも先に見直したいところがある
だしについては、ここまでの内容でだいたい答えが出ています。
硬水は昆布だしに向かないと考えられていますが、日本の水道水はそもそも硬水ではありません。だしのために水を替える必要は、多くの家庭ではないということですね。
使い分け表が想定している硬水は、コントレックス(約1,551mg/L)のような水です。東京都水道局の蛇口での平均値が60mg/L程度ですから、そもそも桁が違います。
もし「だしがぼやける」と感じているなら、水より先に見直せるところがあります。
水より先に確かめたいところ
- 昆布や削り節の量が、水の量に対して少なくないか
- 昆布を水に浸けておく時間が足りているか
- 沸騰させすぎていないか
- 開封してから時間が経った乾物を使っていないか
味がぼやける原因はいくつもあります。そのなかで水は、優先順位が高いほうではありません。
とはいえ、浄水を使うのが無意味というわけでもありません。
だしを取るときや、野菜やお米を洗うときに浄水を使うこと自体には、意味があります。硬度を下げるためではなく、塩素のにおいを料理に持ち込まないためです。
味を大きく変えるというより、余計なにおいを足さない。そのくらいの位置づけで考えておくと、ちょうどいいと思います。
ごはんは水道水で十分。気をつけたいのは硬いミネラルウォーターのほう
炊飯も、いつもの水道水で問題ありません。気をつけたいのは硬いミネラルウォーターのほうです。
小川宣子ほか「炊飯溶液中のカルシウムとナトリウムが飯の性状に及ぼす影響(第1報)」(小川ほか, 2006, 日本家政学会誌)という研究があります。
カルシウムを含む溶液で炊くと、浸けているときの膨らみと、加熱するときの吸水・膨らみが抑えられたと報告されています。
お米のでんぷんが水を吸ってふっくら柔らかくなること(糊化)の度合いも、蒸留水の94.1%に対してカルシウム区は88.4%でした。
食塩を加えて炊くと、吸水や膨らみは蒸留水の飯と同程度まで戻りました。
ただし糊化度は88.4%から90.9%へ改善したものの、蒸留水の94.1%までは戻っていません。
食味の官能検査では、食塩を加えたほうが粘りと弾力の点で好ましいと判断されました。外観については、飯粒の大きさや表面の崩れ方に違いは識別されていません。

ただ、この実験には射程があります。比べているのは乳酸カルシウムの溶液と蒸留水で、日本の水道水どうしではありません。
この実験の前提
- 乳酸カルシウム1.35mMの溶液(炭酸カルシウム硬度に換算すると約135mg/L相当。論文に硬度の表記はないため、こちらで換算した値です)
- 日本の一般的な水道水より高い濃度
- 「蒸留水で炊いた飯より有意に硬くなった最低の濃度」として選ばれた濃度
- 論文の問題意識も、海外のミネラルウォーターは日本の水道水に比べて9〜20倍のカルシウムを含む、という点にあった
ここから読み取れるのは、硬いミネラルウォーターで炊くと差が出うるということまでです。
日本の水道水の硬度の違いで炊き上がりが変わる、という話ではありません。
クリア炊飯で気をつけたいのは、水道水ではなく硬いミネラルウォーターのほうです。
コーヒーとお茶は硬度より塩素のほうが体感しやすい
コーヒーやお茶、夏の麦茶は、水の影響を感じやすい飲みものです。ただ、そこで効いてくるのは硬度ではありません。
1985年の「おいしい水研究会」の要件には、残留塩素0.4mg/Lという数値が含まれています(出典: 環境省 水質基準の設定根拠資料(残留塩素))。濃度の高い残留塩素は、においの原因になるだけでなく緑茶の味を悪くする、という趣旨で整理されているんですね。
日本の水道水はもともと軟水なので、硬度を下げる余地はほとんどありません。一方で塩素は、家庭で減らせる要素です。
ちなみに我が家で使っているのは、マルチピュアのレンタルプラン(月3,300円)の据置型です。料金や機種、取り付けから解約までを一通りまとめてありますので、気になる方はのぞいてみてください。
クリアコーヒーとお茶でこだわるなら、硬度より塩素のほうが体感しやすいところです。
買って余った硬水の使い道はどこにある?
ダイエット目的で買った硬水が余っている、という方もいますよね。捨ててしまう前に、向いている料理があります。
先ほどの坂本ほか(2007, 日本調理科学会誌)で注目したいのが、牛肉のスープストックです。硬水のコントレックスがアクを最も多く分離し、スープが澄んだ仕上がりになったと報告されています。
もう一つ、鈴野弘子・石田裕「水の硬度が牛肉,鶏肉およびじゃがいもの水煮に及ぼす影響」(鈴野ほか, 2013, 日本調理科学会誌)という研究があります。
その抄録によると、硬水で水煮すると水中のカルシウム・マグネシウムが食材に吸着すること、じゃがいもは硬水ほど煮崩れしにくいことが示されています。
牛肉については、エビアンで120分水煮したものが有意にやわらかかったとのこと。結論としては、肉も野菜も食べる煮込み料理には、ある程度(硬度300程度)の硬度の水が適するとまとめられています。
余った硬水が向いている場面
- 牛肉のスープストックを取るとき(アクが分離して澄んだスープになる)
- じゃがいもを煮崩れさせたくない煮込み
- 肉も野菜も食べる煮込み料理
ただし、いちばん好まれたのは超硬水ではなく中硬水のエビアンだったという結果も、あわせて覚えておいてください。硬ければいいわけではありません。
浄水器では硬度は基本的に下がらない|日本で味に効くのは塩素のほう

ここで、多くの方が誤解している点をはっきりさせておきます。
一般的な活性炭タイプの浄水器では、水道水の硬度はほとんど変わりません。浄水器の情報を発信している立場としても、ここは正直に書いておきたいところです。
そのうえで、では何が変えられるのかを見ていきましょう。
浄水器を通しても軟水にならないのはなぜ?
家庭用の浄水器で多く使われているのが、活性炭やカーボンブロックと呼ばれる材料です。
この材料は、塩素やにおいのもと、有機物といったものを捕まえるのが得意です。浄水器の業界団体である浄水器協会も、活性炭は「遊離塩素や揮発性有機化合物(クロロホルム等)、カビ臭等を除去するために」使われるろ材だと説明しています(出典: 浄水器協会「浄水器のろ材」)。
一方で、カルシウムやマグネシウムはそのまま通過します。だから一般的な活性炭主体の浄水器では、硬度は基本的に変わりません。
硬度が高い地域の自治体も、同じ案内をしています。埼玉県本庄市は市民からの問い合わせに「一般的な浄水器では、硬水を軟水に変えることはできない」と回答しています(出典: 本庄市「本庄市の魅力を高める改善施策について」(令和4年12月1日回答))。

「浄水器を通せば軟水になる」と思っていた方は、意外に感じるかもしれません。でもこれは浄水器の欠点というより、役割の違いです。
硬度を下げたいなら、活性炭ではなくイオン交換樹脂を使った機器が必要になります。同じ浄水器協会の資料も、イオン交換樹脂について「硬度成分(カルシウムイオンやマグネシウムイオン等)をナトリウムイオンや水素イオンにイオン交換し、軟水にします」と説明しています(出典: 浄水器協会「浄水器のろ材」)。
世の中で「軟水器」「浄軟水器」と呼ばれているのが、この仕組みの機器です。
そして日本の水道水はもともと軟水寄りなので、硬度を下げる必要がある家庭は多くありません。
クリア浄水器と軟水器は、目的がまったく違う機器です。
カルキ臭の正体は塩素そのものではありません
「カルキ臭」と呼ばれるあのにおい。塩素そのもののにおいだと思われがちですが、少し違います。
東京都水道局の説明によると、カルキ臭は主に消毒剤である塩素と、水道原水中のアンモニア態窒素等が反応して生じるクロラミンと呼ばれるもののにおいです(出典: 東京都水道局 よくある質問)。
アンモニア態窒素というのは、水に含まれる窒素成分の一つです。これが塩素とくっついてできるのが、あの独特のにおいなんですね。
そもそも塩素が入っているのには理由があります。水道法第22条に基づく衛生上の措置として、給水栓(蛇口)で遊離残留塩素0.1mg/L以上を保持することが義務づけられているからです。塩素の形によって基準値は変わり、結合残留塩素の場合は0.4mg/L以上です(出典: 環境省 水質基準の設定根拠資料(残留塩素)3ページ)。
- 蛇口での遊離残留塩素: 0.1mg/L以上を保持する義務(水道法第22条に基づく衛生上の措置)
- 水質管理目標設定項目での残留塩素: 1mg/L以下(においの観点)(出典: 環境省「水質基準項目と基準値」)
- おいしい水研究会(1985年)の要件: 残留塩素0.4mg/L
つまり塩素は、安全のために必要だけれど、多いとにおいや味に響くという性格のものです。
この保持義務は蛇口に届くまでの話なので、においが気になるときは家庭で減らすという選択肢が出てきます。
日本の水で見直す価値があるのは硬度より塩素
ここまでを整理すると、日本の台所での優先順位が見えてきます。
硬度は、そもそも日本の水道水では高くありません。しかも一般的な浄水器では下げられません。つまりふだん使う機器では変えにくく、変える必要も小さいのが硬度です。
一方の塩素は、安全のために必ず入っていて、においや味に影響します。そして家庭で減らせます。
つまり変えられて、変える価値があるのは塩素のほうなんですね。
日本の水で考えるときの優先順位
- 硬度: もともと低い/一般的な浄水器では下がらない(下げるならイオン交換式の軟水器) → 気にする必要は小さい
- 塩素・におい: 必ず入っている/味に影響する/家庭で減らせる → こだわる価値がある
では、その塩素を家庭でどう減らせばいいのでしょうか。煮沸、汲み置き、浄水器と方法はいくつかあって、手軽さは用途によってけっこう変わります。飲み水なのか、料理に使うのか。目的別の選び方は用途別に整理した水道水のカルキ抜きの方法にまとめていますので、あわせて読んでみてください。
クリアこだわる場所を一つに絞るなら、硬度ではなく塩素です。
活性炭でできること・できないこと
最後に、活性炭でできることとできないことを整理します。売り込みたいわけではなく、できないことも知ったうえで判断してほしいと思っています。
活性炭・カーボンブロック方式が得意なこと
- 塩素やにおいのもとを捕まえること
- カルキ臭をやわらげること
- コーヒー・紅茶・お茶など、においが味に響く飲みものとの相性
活性炭ではできないこと
- 硬度を下げること(カルシウム・マグネシウムは通過します)
- 水に含まれるミネラルの量を変えること
除去できる項目は製品によって差があります。だから「浄水器なら何でも同じ」という選び方はおすすめしません。
買う前に、その製品が何を除去できると表示しているかを確認してみてください。
とはいえ、表示を一つずつ見比べるのは骨が折れますよね。据え置き型については据え置き型浄水器の選び方と5機種の比較で、チェックすべき基準と各機種の除去項目を並べています。
浄水した水は、長期保存には向きません。
- 浄水器の水は塩素を抜いたあとなので、雑菌が繁殖しやすい状態です
- 東京都水道局も「残留塩素が減ってしまうため、雑菌が繁殖しやすくなり注意が必要です。必ず早めに飲み切るようにしてください」と案内しています(出典: 東京都水道局 よくある質問)
作り置きは冷蔵して、早めに使ってくださいね。
よくある質問(Q&A)

ここまでで、料理の水について考える軸はだいたい整理できたのではないでしょうか。
とはいえ、細かいところで引っかかる疑問も残りますよね。ここでは、よく寄せられる質問にまとめてお答えします。
気になるところだけ拾い読みしていただいて大丈夫です。
まとめ|料理の水は軟水探しより、硬度以外に目を向けるほうが近道
公的なデータと査読論文をたどってきて、いちばんお伝えしたかったのは日本にお住まいなら、料理のために軟水を買い足す必要はほとんどないということです。
東京都水道局の蛇口での平均値は60mg/L程度、大阪市水道局は概ね40〜50mg/L。多くの地域では、すでに軟水寄りの水で料理をしていることになります。
「軟水はだし、硬水は煮込み」という使い分け表も、査読論文にあたると少し違って見えました。昆布だしでは、うま味成分の増え方に軟水と硬水の違いは認められていません。
牛肉のスープストックでいちばん好まれたのも、超硬水ではなく中硬水でした。全部が間違いというわけではありませんが、鵜呑みにする必要もありません。
クリア硬度の数字は、もう追いかけなくて大丈夫です。
こだわる場所を一つに絞るなら、硬度ではなく塩素のほうです。硬度は一般的な浄水器では変えられませんが、塩素は家庭で減らせて、味に効きます。
水のことで迷ったら、まずはお住まいの水道局のサイトを開いてみてください。自分の家の数字が分かるだけで、悩む場所はぐっと絞れるはずです。


コメント